孝行息子の身代わりになった地蔵
どんな伝承か
天文年間、豊後国高田庄の中津留村に、年老いた母と二人で暮らす孝行息子がいた。貧しいが地蔵菩薩を深く信じる男で、瓜の好きな母にせがまれ、心の中で地蔵に詫びながら近所の畑の瓜を一つ盗んだ。翌晩もねだられて畑に入ると、待ち構えていた持ち主に肩口を斬られて気を失う。ところが目覚めると体のどこにも傷がない。翌朝、斬りつけたことを悔やんだ持ち主が様子を見に行くと息子は無事で、寺では本尊の地蔵菩薩が肩口から斬り割られて騒ぎになっていた。地蔵が孝心に感じて身代わりになったと悟った人々は男を咎めず、以後この地蔵は身代わり地蔵と呼ばれ、遠近から参詣者が絶えなかったという。
原典より
御本尊の地蔵菩薩が肩口深く斬り割られていたのです。—— 大分県の民話 第1集(土屋北彦・大分県の民話シリーズ) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
大分県の民話 第1集(土屋北彦・大分県の民話シリーズ)
『大分県の民話 第1集』は、大分県に伝わる伝説と昔話四十四話を収めた民話集である。杵築・国東・玖珠・久住・日田・大分などの土地にまつわる城主の姫の悲話、地蔵や御名号の霊験、大蛇やカッパのたたり、馬鬼退治、大友・島津の合戦の話に、亀の報恩、瓜姫、山うば、猿と蟹などの昔話を交え、方言の語りのままの話も含む。最後に、八百屋お七の恋人吉三郎が杵築の旅籠の主の勧めで八坂村白水に正寛寺を建てた由来を置く。