定林寺縁起と良門・蔵念の信仰説話
どんな伝承か
将門の子壬生良門の説話は、『本朝法華験記』などの法華系統と『今昔物語集』などの蔵念説話に登場する地蔵系統に分かれる。法華系統では坂東の荒武者だった良門が聖人空照の勧めで殺生を捨て、金泥の法華経千部を書写し、臨終に天女に伴われて兜率天に昇ったと語られる。秩父の定林寺の縁起はこれを敷衍し、良門に追放された家臣林太郎定元の遺児を空照が育てて良門に引き合わせ、罪を悔いた良門が定元の塚のそばに寺を建て、林定元の名から定林寺と名づけたとする。良門の子蔵念は陸奥国府近くの小松寺の沙弥で、地蔵を念じて錫杖を振り人家を巡り地蔵小院と呼ばれ、七十歳で山に姿を消した。城峯山頂には良門が父を弔った太平明神の跡も残る。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
将門伝説——民衆の心に生きる英雄(梶原正昭・矢代和夫・1966年(昭和41年))
『将門伝説——民衆の心に生きる英雄』は、梶原正昭と矢代和夫が一九六六年に著した平将門の伝説の研究書である。茨城県岩井町をはじめ各地の伝説地の踏査と、縁起・古記録・地誌をもとに、将門の怨霊と調伏、七人の影武者、子の良門や娘の如蔵尼、寵妃桔梗ら落人の行方、後裔を名告る家々、伝説の伝播と文芸化をたどる。序章と三篇からなり、巻末に青森県から鳥取県までの伝説分布と、寺社縁起など関係文献の抄録を附録として付す。