七夕に鎧と蓮が浮かぶ鎧が淵
どんな伝承か
豊後高田市を流れる桂川の上流に、鎧が淵という深い淵がある。慶長五年、黒田如水が大友氏を攻めたとき、大友方の郷士田染治郎は勇ましく戦ったが敗れ、追われて自刃する間もなく、緋おどしの鎧に鍬形の冑のまま淵へ身を投げた。七月七日、七夕の日であった。以来、毎年七夕には淵に鎧と紅白の蓮の花二輪が浮かび、取ろうとした者は必ず淵に落ちて死ぬという。雨乞いにはこの淵の水を八幡三社に供えると雨が降るとされる。明治三十三年、道路工事の工夫が淵にダイナマイトを投げ込むと、轟音とともに竜巻が立ち、人々は祟りを恐れて淵のそばに祠を建てた。
原典より
以来毎年七夕の日にはこの淵に緋おどしの鎧と、そのそばに紅白の蓮の花が二輪添って浮いていました。—— 大分県の民話 第3集(土屋北彦・大分県の民話シリーズ) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
大分県の民話 第3集(土屋北彦・大分県の民話シリーズ)
『大分県の民話 第3集』は、土屋北彦が大分県で採集した民話と古記録の奇談を編んだ民話集である。花咲か爺や猿の恩がえし、山うばなどの昔話を方言の語りのまま載せ、狐・河童・大蛇・山童・犬神の話、大友氏泰に殺された吉弘一頓の怨霊、古代の神々が越の国や三韓へ兵を出す話などを収める。あとがきに第三集は本格昔話を中心に古記録の奇談を集めたとあり、末尾に杵築市で記したあとがきを置く。