巨人の右足跡が残る小字太田坊
どんな伝承か
嵐山町広野には太田坊という小字がある。これは巨人の名がそのまま土地の名に残ったものだという。伝えによれば、太田坊は右の足を広野に踏み下ろし、左の足を小川町高見の四つ山の麓に置いて、その姿勢のまま荒川の水で手を洗ったとされる。右足を置いた場所が今の太田坊で、左足の跡は一文字沼と呼ばれている。巨人そのものが地名になっている例は珍しく、太田坊を流れる粕川には太田坊堰という灌漑用の堰も設けられている。
原典より
ある時、太田坊が広野の地に右足を踏み、高見(小川町)の四つ山の麓に左足を置いて、荒川の水で手を洗ったという。—— 埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成)
『埼玉県伝説集成——分類と解説 中』は、韮塚一三郎が編んだ埼玉県の伝説集の中巻で、上中下三巻のうち歴史伝説を収める。地名・屋敷・家系・聖地・城や堤や橋・神仏・神体と宝物・偉業・事件と紛争の九章に分け、県内各地の伝説を『新篇武蔵風土記稿』などの文献と土地の人からの聞き取りによって集めている。一話ごとに所在地と出典または資料提供者を記し、同じ類型の話をまとめた後に柳田国男らの説を引く〈解説〉を置く。