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勅使河原直重父子を弔う大光寺の不背碑

所在地埼玉県児玉郡上里町大字勅使河原(大光寺)
年代南北朝時代
登場勅使河原直重、勅使河原貞直、勅使河原光直、冥福を祈られた武士、直重の子、直重の弟
出典埼玉県伝説集成——分類と解説 中

どんな伝承か

児玉郡上里村勅使河原の勅使山大光寺には、不背碑と呼ばれる板碑があり、俗に親子地蔵といって、背中合わせに親子の地蔵の像が刻まれている。延元元年正月、新田氏に従って戦い、子の貞直、弟の光直とともに羅城門のそばで腹を切った勅使河原直重の冥福を祈って建てられたものと伝えられる。家臣が遺髪を持ち帰り、一族代々の菩提寺である大光寺に葬って父子のために刻んだといい、南朝の忠臣の名を表さず不背碑と名づけたのは足利氏をはばかったためだという。碑はもと門前の小丘にあったが、昭和九年に寺の裏の墓地へ移された。

原典より

これを俗に親子地蔵といい、背中合わせに親子の像が刻まれている。—— 埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成)

『埼玉県伝説集成——分類と解説 中』は、韮塚一三郎が編んだ埼玉県の伝説集の中巻で、上中下三巻のうち歴史伝説を収める。地名・屋敷・家系・聖地・城や堤や橋・神仏・神体と宝物・偉業・事件と紛争の九章に分け、県内各地の伝説を『新篇武蔵風土記稿』などの文献と土地の人からの聞き取りによって集めている。一話ごとに所在地と出典または資料提供者を記し、同じ類型の話をまとめた後に柳田国男らの説を引く〈解説〉を置く。

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