荒野の雷公神社のささげ歌
どんな伝承か
利根川を隔てて鹿島からさほど遠くない印旛沼周辺の村々では、春秋の祭の日に鹿島歌をうたい踊り歩く習わしが近年まであった。なかでも印旛郡本野村の荒野では、十月十五日の雷公神社の祭日に、その年に結婚した新郎新婦が一組、とくに着飾って社殿と寺、もとは庄屋の家も回り、男女それぞれに伝わるささげ歌をうたうことになっていた。ささげとは頭の上に物を載せることをいうらしい。歌には、稲の豊作を弥勒出世の第一のしるしと見て、米を祭場に撒いて喜びを表した時代をしのばせる文句がある。ただ海から遠い農村のため、みろくの船のことはもう忘れられているという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第1巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第1巻』は、柳田国男の著作を集めた著作集の一巻である。椰子の実の漂着から日本人の渡来と稲作を海の道に求める論考と、海神宮考・みろくの船・根の國の話・寶貝のこと・稻の産屋などの諸篇、大正期の南島旅行に基づく『海南小記』、昭和二十六年八月の自序をもつ『島の人生』を収める。いずれも海と島を舞台に、ニライカナイや宝貝、漂着や島の復興をめぐる民俗と歴史を論じている。