雨を呼ぶ石と知内川の雨石神社
どんな伝承か
知内の砂金場には、甲斐から荒木大学とともに金山祭りのため修験者の大野重一が渡ってきた。コシャマインの蜂起で和人はことごとく討たれたが、重一一家は重内の沢奥へ逃れ、アイヌのホマイカに助けられた。焼け野原の中で、重一が別当として守った雷公神社だけは無事だったという。重一は鮭漁で暮らすうち、知内川の水が多い年ほど鮭が獲れると知り、百六歳で世を去るとき、遺体を川の畔に埋めれば雨を降らせ水を増やそうと遺言した。これが雨石神社の起こりである。のちに雨乞いに使った石が行方知れずとなり、与作が夢告を受けて木古内まで探しに行き、白い衣の人に教えられて取り戻したと伝わる。
原典より
道南の知内砂金場は、荒木大学なる者が、甲斐の国飯原郡から渡道の際、砂金掘子と共に金山祭りのために八幡宮の別当修験者大野重一を召し連れてきた。—— 日本伝説大系 第1巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第1巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第1巻』は、叢書『日本伝説大系』のうち北海道と青森県の伝説を収めた巻である。人間の始めやコロポックル、アイヌの神謡、岩木山一代記、おしら祭文、義経や弘法大師の事跡、狐や大蛇の話、地名や神社の由来などを、口承の資料を中心に採る。伝承地を記した例話を冒頭に置き、〔類話〕〔文献〕〔参考〕の欄で各地の類話の梗概と近世以後の文献の原文を添える編み方をとる。