金山祭の修験が残した雨石の遺言
どんな伝承か
甲斐国飯原郡の領主荒木大学は、金山を見立てるため元久二年に知内へ渡った。このとき、領内で八幡宮の別当修験職を務めていた荒木了徳院重一を、金山祭のために召し連れている。丸山の裾野の赤淵の岱に館を築いて採掘を始めて三十余年、山々が鳴動して三年経っても止まないので、二つの神社を勧請すると鎮まった。のちアイヌの反乱で大学以下は討死したが、重一一家だけは重内へ逃れてホマカイに助けられ、二社も焼け残った。重一は鮭漁で細々と暮らし、大水の年ほど豊漁と知って、遺体を川辺に埋めれば旱の年に雨を降らせようと遺言し、百五歳で世を去った。この墓印の石を祀ったのが雨石神社である。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第1巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第1巻』所収の「文化叙事伝説」48話(北海道・青森)を収める。各話は伝承地を市町村〜字レベルまで明記し、例話・類話・文献を備える。