久高島・思樽と黄金の瓜の伝説
どんな伝承か
久高では外間の根人真仁牛に女の同胞が二人あった。姉の於戸兼は外間の祝女、妹の思樽は巫女で、首里に召されて王城の巫女となり、国王の心にかなって内宮の人となった。しかし多勢のいる中で不調法な音を立て、宮女たちの噂に堪えかねて故郷の島へ還り、久しからずして王子を産んだ。新たに一棟の産屋を建てて育み、御名を思金松兼と付けたという。八歳になった王子は父を問うて食を絶ち、伊敷泊の浜に出て七日の間東を向いて祈ると、七日目の夜明けに沖から光り輝く黄金の瓜が寄って来た。これを懐に首里の王城に立ち、屁をしたことのない女に種を播かせよと申し上げて母の素性を明かし、ついに世子と定められたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第1巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第1巻』は、柳田国男の著作を集めた著作集の一巻である。椰子の実の漂着から日本人の渡来と稲作を海の道に求める論考と、海神宮考・みろくの船・根の國の話・寶貝のこと・稻の産屋などの諸篇、大正期の南島旅行に基づく『海南小記』、昭和二十六年八月の自序をもつ『島の人生』を収める。いずれも海と島を舞台に、ニライカナイや宝貝、漂着や島の復興をめぐる民俗と歴史を論じている。