新垣好子の入巫(神霊からの強制)
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どんな伝承か
新垣好子さんはユタになることを固く拒んでいた。出身地の知念村では実家が部落のカミヤーで、幼い頃から霊を見ることがあったが、家族に告げると叱られて以来黙っていた。二十歳を過ぎて那覇市内の衛生社に勤めるようになると病気がちになり、同時に霊能も活発になっていく。周囲からユタになるよう勧められても拒み続け、平凡な主婦になろうと結婚までしたが、結局霊能も病弱も治らず結婚は破綻し、追い詰められる形でユタの道を歩むことになったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ユタと霊界の不思議な話(月刊沖縄社・昭和(1985年・昭和60年前後))
月刊沖縄社が1985年(昭和60年)前後に刊行した「ユタ・ハンドブック」。沖縄の女性霊能者ユタ20名(実名取材8名=新垣好子・漢名光子・金城米子・玉城静子・玉寄郁子・原田貴美枝・伊識春野・諸見里よし子)への取材を、序章の体験談5話、第一~四話の問答34項目、第五話「ユタを母に持った子の手記」、伊識・金城の霊示事例、有名霊能者120人名簿、用語集で構成する。
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