ユタを拒み続けた新垣好子の入巫
どんな伝承か
新垣好子さんはユタになることを固く拒んでいた。出身地の知念村では実家が部落のカミヤーで、幼い頃から霊を見ることがあったが、家族に告げると叱られて以来黙っていた。二十歳を過ぎて那覇市内の衛生社に勤めるようになると病気がちになり、同時に霊能も活発になっていく。周囲からユタになるよう勧められても拒み続け、平凡な主婦になろうと結婚までしたが、結局霊能も病弱も治らず結婚は破綻し、追い詰められる形でユタの道を歩むことになったという。
原典より
「不思議なもので、素直にユタとして人ごと(人のためにつくす)に徹しようと決心したときから、健康もめきめき回復しました。—— ユタと霊界の不思議な話(月刊沖縄社) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ユタと霊界の不思議な話(月刊沖縄社)
『ユタと霊界の不思議な話』は、月刊沖縄社が編んだ、沖縄の霊能者ユタについての取材記録である。那覇など都市地区の有名なユタへの取材をもとに、持ち込まれる相談、ユタになったいきさつ、マブイと霊界の考え方、十二支寺や拝所巡拝の意味を問答の形で記し、依頼者の体験談も添える。序章の体験談と四つの話に続いて、ユタを母に持った子の手記、霊示を書き取る人の話、有名霊能者百二十人の一覧、用語説明を収める。