与那国の針突(入墨)をした女
どんな伝承か
石垣島に上陸した著者のもとを、宿の女将クヤマを訪ねて与那国出身の女たちが夜分に訪れた。二十七八の小柄な女は手にちゃんと入墨をしており、北の島々の黥とは形式が変わっていた。著者がよく見ようと目を着けると、女はすぐ気づいて左右の手を揉み合わせ、自分は昔者だからやまとの人には可笑しいだろうと恥じらいながらも、根気よく頼むと高い声でションガネ節を歌ってくれた。行政庁が針突の風習を制止したのは明治三十一二年のことだったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第1巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第1巻』は、柳田国男の著作を集めた著作集の一巻である。椰子の実の漂着から日本人の渡来と稲作を海の道に求める論考と、海神宮考・みろくの船・根の國の話・寶貝のこと・稻の産屋などの諸篇、大正期の南島旅行に基づく『海南小記』、昭和二十六年八月の自序をもつ『島の人生』を収める。いずれも海と島を舞台に、ニライカナイや宝貝、漂着や島の復興をめぐる民俗と歴史を論じている。