津波古・多和田井の旅の神と稲祭
どんな伝承か
佐敷間切の津波古の村では、古くから稲の大祭を行わず、五月、六月の稲刈りの時期に夕立が降ることもないという。昔、ある老女が名水の多和田井へ水を汲みに来ると、井戸の左手の石の上に立つ人が一杯の水を求めた。老女は持ってきた碗の縁をわざと打ち欠き、そこから水を汲んで差し出した。わけを問われると、ふだん使う器で穢れがあっては恐れ多いので欠いた所から飲んでほしいと答えた。旅人は大いに喜び、村の悩みを聞くと、以後は五月六月に俄雨を降らせず、稲の大祭もしなくてよいと約束して去った。神に違いないとして、井の左の石を祀っている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第1巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第1巻』は、柳田国男の著作を集めた著作集の一巻である。椰子の実の漂着から日本人の渡来と稲作を海の道に求める論考と、海神宮考・みろくの船・根の國の話・寶貝のこと・稻の産屋などの諸篇、大正期の南島旅行に基づく『海南小記』、昭和二十六年八月の自序をもつ『島の人生』を収める。いずれも海と島を舞台に、ニライカナイや宝貝、漂着や島の復興をめぐる民俗と歴史を論じている。