大工廻村の炭焼勢頭地と王廷貢炭
どんな伝承か
琉球国旧記等の書によれば、炭には木炭と軽炭の二種があって、軽炭を俗に鍛冶炭ともいう。大工廻村に炭焼勢頭地という田地があり、勢頭親部が初めてこれを製したという伝えがある。後世には隣邑の宇久田とともに、毎年二種各二百俵の炭を王廷に貢した。その年代は不幸にしてすでに明白でないが、三山併合よりも古いことではなさそうだと柳田は記す。島の神道では火の神は即ち家の神で、御三物の地位は内地の竈神よりも遙かに高く重く、火霊の相続もまた炭によって成し遂げられたかと想像している。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第1巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第1巻』は、柳田国男の著作を集めた著作集の一巻である。椰子の実の漂着から日本人の渡来と稲作を海の道に求める論考と、海神宮考・みろくの船・根の國の話・寶貝のこと・稻の産屋などの諸篇、大正期の南島旅行に基づく『海南小記』、昭和二十六年八月の自序をもつ『島の人生』を収める。いずれも海と島を舞台に、ニライカナイや宝貝、漂着や島の復興をめぐる民俗と歴史を論じている。