岩堂の不動尊を齧った鹿
どんな伝承か
男鹿と深浦との間の海岸での話である。浜田という村の岩堂の不動尊は、ある年、何匹かの鹿が雪に降りこめられてこの岩屋の中にいたときに、その木像をすっかり齧ってしまった。行基菩薩か誰かの名作が鹿に食べられて、もう形も分からぬようになっていたと、菅江真澄の日記の中に書いてある。ある年、特別に雪の深かった冬に、男鹿の半島から多くの鹿の群れが渡って来て、津軽深浦の椿の林を食い荒らし、老木がわずかになったとも同じ旅人の紀行は記す。鹿は青いものが足りなければ樹の皮でもかじるのである。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第2巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第2巻』は、柳田国男の紀行と旅の随筆を収めた著作集の一巻である。昭和三年一月の自序に続く「雪国の春」や菅江真澄の日記を読み解く文をはじめ、東北の村々の正月、火と炭、浜の暮らしの見聞、「秋風帖」「東国古道記」、昭和十五年十一月の自序を持つ「豆の葉と太陽」などの紀行を並べる。峠や古道、佐渡・五箇山・熊野などの土地を、住む人の暮らしと信仰から見ようとする文が多い。