葛城山頂の山籠りに現れた五匹の鹿
どんな伝承か
もと豊後杵築の藩士だった河野至道は、明治七年十月、泉州貝塚の住まいで霊夢を見たのをきっかけに仙道の修行を志した。翌明治八年三月一日から泉州犬鳴山の行場にこもって一週間滝に打たれる荒行をし、さまざまな霊異に遭って決意をいっそう固めた。同じ年の八月六日には大和国の葛城山に登り、山頂を修行の場と定めて山ごもりを始めた。その夜更け、どこからともなく五頭の鹿が鳴きながらやって来て、すぐそばに居ついてこちらを眺めていたが、翌朝の明け方にはどこへともなく姿を消したという。宮地厳夫が講演で紹介した話である。
原典より
然るに其の夜深更に及びて何処よりか五疋の鹿が鳴き来りて傍近く居眺めていたが、翌日の暁に至り何れへか行方知れずなったそうです。—— 近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年))
『近代日本霊異実録』は、笠井鎮夫が著して昭和四十一年に昭森社から初版を出した、幕末から近代の神憑りと霊異の記録で、ここに収めるのは昭和四十八年に山雅房から出た複刻版である。金光教・黒住教・天理教・大本の教祖の神憑り、井上正鉄の求道、宮地常磐・堅磐父子や河野至道の神仙譚、天狗の弟子寅吉の話、長南年恵の奇跡などを、手記・写本・旧著を引いて語る。全十二録からなり、第一録には金光教に入信した著者の父の手記を収め、巻末にあとがきと著者略歴を置く。