地名が呼び寄せた傾城の悲恋
どんな伝承か
恋ヶ窪という地名は、もともと単に水を意味したか、泥が深いのでコヒヂと呼ばれたのが起こりで、そこへ誰かが恋の字を当てたにすぎない、と柳田は説く。ところが字が付いた途端、塚は傾城塚と呼ばれ、池は姿見の池となり、やがて美しい遊女が別れを悲しんで身を投げたという物語までが土着した。今ではそれを嘘だと評すれば怒りだす人が多い。畠山重忠は秩父方面の大地主だから、ここを通って府中から鎌倉へ往来したことは幾度もあったろうが、悲恋の一幕は地名が呼び込んだ空想にすぎないという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第3巻(柳田国男・定本柳田国男集)
柳田国男編『定本柳田国男集 第3巻』を全158話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。