恋ヶ窪の一つ葉松と牛頭天王
どんな伝承か
野川の水上は恋ヶ窪の清水であった。窪地には少なくとも三つ以上の湧水が池を満たして溢れ、線路にいちばん近い一つが例の姿見の池であろうという。村の更生計画でこれを養魚場に改造し、竹垣で囲って傍まで行けないようにしてある。そこを回って西表の方へ出ると一面の田で、突き当たりを大道が北へ通り、右手の岡の端には名木の一つ葉の松が高く聳え、その根元に書物で馴染みの牛頭天王の祠がある。この辺の天王様はどれも神輿をしまう御庫のようなもので、一つ葉松の下の祠も真ん中に金色の小さな神輿を安置し、常の日もそれへ参詣するようになっていた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第3巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第3巻』は、柳田国男の紀行・日記・随筆を集めた著作集の一巻である。相模・武蔵の村々を歩いた「水曜手帖」、昭和二十三年八月の自序を持つ「北国紀行」、明治四十三年の「五十年前の伊豆日記」、国際聯盟の委任統治委員会に勤めた大正十一年の「瑞西日記」と「ジュネーブの思ひ出 その他」を収める。後半の「菅江真澄」は昭和十七年二月の序を付け、真澄の著述と旅の跡を年を追ってたどり、写真解説を添える。