牛頭天王の札に始まる下ノ原村の大祭り
どんな伝承か
下ノ原村(現下諏訪町)では、慶応三年十一月十八日に牛頭天王の札が降ったのが降札のはじめであった。二十七日から二夜三日の祝宴を催すことは村役人が相談して決めたもので、二十八日からは大祭りとなった。十二月には降札と祭礼のあいだに諏訪下社秋宮へ参詣しており、騒ぎは十日以上つづいたという。高島藩は十一月朔日付で禁令を出していたが、諏訪地方の降札はむしろこれ以後の十一月に多かった。
原典より
下ノ原村(下諏訪町)では十一月十八日の牛頭天王が降札のはじめで、二十七日から二夜三日の祝宴は村役人が相談してきめたものであり、二十八日から大祭りとなった。—— 松本市史 第2巻 歴史編2(松本市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
松本市史 第2巻 歴史編2(松本市史)
『松本市史 第2巻 歴史編2』は、信濃の松本市の市史のうち歴史を扱う巻で、ここにはその節「三 お札降り」だけが収められている。慶応三年七月ころから翌年にかけて、天から神仏の札が降ったとして酒食して騒いだ「お札降り」「ええじゃないか」が、伊那谷と中山道の二筋を通って信濃に広まったさまを、飯田・高遠・諏訪・木曽などの記録から追う。後半は松本城下と周辺村の降札と松本藩の禁令を述べ、上今井村に降った札の種類と枚数を表に示す。