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千人前をふるまった下諏訪宿本陣のお札祝い

所在地長野県諏訪郡下諏訪町(下諏訪宿本陣)
年代慶応三年(一八六七)十一月十八日〜十二月八日
登場湯之町の人々
出典長野県史 通史編 第6巻

どんな伝承か

いまの下諏訪町あたりでは、慶応三年十一月十八日に下諏訪宿の隣の下原村へ津島牛頭天王の札が降ったのを皮切りに、翌日は東山田村に金一朱、二十日には村の四軒と湯之町の旅館など八軒に札が降り、村をあげて祝った。二十六日にも六軒に皇太神宮や津島牛頭天王の札、菊の花が降ったため、村役人が相談して村中から米を一升ずつ集めて麹を買い、降った家に配って二夜三日の祭りに入った。大祭りの日には人々が思い思いに仮装し、湯之町では顔や手に鍋墨を塗って騒いだ。騒ぎは十日以上続き、十二月八日には宿の本陣でお札祝いが開かれ、千人前ほどの料理が用意された。

原典より

村方から発して町場(宿)へとくりだす騒ぎは、一〇日間以上高揚がつづき、十二月八日は下諏訪宿本陣で「お札祝い」をした。—— 長野県史 通史編 第6巻(長野県史) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

長野県史 通史編 第6巻(長野県史)

『長野県史 通史編 第6巻』のうち、第七章第五節「木曽騒動とお札降り」の二「お札降り」の項を収める抜き書きで、冒頭は佐久地方の村方騒動と軽井沢宿の打ちこわしを述べる段の途中から始まる。慶応三年七月に三河で始まったお札降り・ええじゃないかが伊那谷と中山道を経て信濃に広がり、下伊那・上伊那・高遠・諏訪・木曽・松本平・北信の村や宿場で降札と祝祭が起きたさまを、村の記録や日記からたどる。最後に世直りへの期待と維新との関わりをまとめる。

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