火災を重ねて再建された守谷の八坂神社
どんな伝承か
守谷の八坂神社は素盞嗚尊を祭神とし、神鏡の表には権現の像、裏には大同元年九月二十七日の日付と「下総守谷郷牛頭天王守護所」の銘、神主吉信の名が刻まれている。社殿はもと高野村の字本宿にあったが、慶長二年に土岐氏が今の地に移して本社と拝殿を建て、その後伊丹播磨守らの寄附で修繕されて壮観を呈した。寛文二年の火災では社殿を失ったが幸い神体は難を免れ、城主堀田氏が再建したものの同五年にまた焼け、同十一年に酒井河内守が城主になって社殿を新築した。元禄五年に牧野備後守が修理したものが今の社殿だという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
相馬伝説集(寺田喜久(狂花)・相馬郷土研究・1922年(大正11年))
『相馬伝説集』は、寺田狂花が著し、大正十一年二月の自序を付した下総相馬地方の伝説集である。北相馬郡の小文間・布川・取手・守谷などを中心に、平将門や一色宮内にまつわる伝承、寺社の縁起、城址や墓碑、相馬霊場の札所を記し、猿島郡・結城郡・東葛飾郡などの伝説にも及ぶ。巻頭に緒言と坂巻湖舟の序・自序を置き、「△」を付けた小項目を土地ごとに並べ、『相馬日記』『下総旧事考』などの記事を引き、相馬の俗信も書き留めている。