宇鉄の浜から渡った盆の夜と鶴の羽
どんな伝承か
三河の植田七三郎の家から、紙に包んだ鳥の羽が一枚出てきた。上書きには「松前鶴の思ひ羽、天明八年十一月一日至、白井英二贈之」とある。白井英二すなわち菅江真澄は同じ年の六月に陸中の詞友と別れて蝦夷地へ旅立ち、小湊・青森・油川も急いで過ぎ、津軽北端の宇鉄の浜から夜船に便乗した。それはちょうど盆の魂迎えの晩で、月照り風は既に寒く、女や少年が大声で亡き人の名を呼んで精霊を招く声が身に沁みたと「率土が濱づたひ」には記されている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第3巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第3巻』は、柳田国男の紀行・日記・随筆を集めた著作集の一巻である。相模・武蔵の村々を歩いた「水曜手帖」、昭和二十三年八月の自序を持つ「北国紀行」、明治四十三年の「五十年前の伊豆日記」、国際聯盟の委任統治委員会に勤めた大正十一年の「瑞西日記」と「ジュネーブの思ひ出 その他」を収める。後半の「菅江真澄」は昭和十七年二月の序を付け、真澄の著述と旅の跡を年を追ってたどり、写真解説を添える。