青山練兵場とナンジャモンジャの木
どんな伝承か
青山練兵場は、日比谷練兵場が廃されたあとに新設された十数万坪の原で、明治天皇臨席の大観兵式がたびたび行われた。原の一角には「日本に一本」と言い伝えられた名木ひとつばたごが立ち、江戸のころは青山六道辻に当たったので六道木とも呼ばれた。ここは航空の草創期の舞台でもある。大正二年三月二十八日、陸軍初の公式長距離飛行として東京・所沢間の試験飛行がここから出発したが、機は所沢郊外の畑に墜落し、二人の中尉が国内最初の犠牲者となった。のちに外苑へ改装され、明治神宮へ奉献された。
原典より
僕が初めて其所を訪れた頃には、禿頭を隠す殘毛のように薄く生え殘つた綠の雑草が赤土の起伏を僅かに包んだ醜い原であった。—— 行楽と史蹟の武蔵野(寺島裕・1937年(昭和12年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
行楽と史蹟の武蔵野(寺島裕・1937年(昭和12年))
『行楽と史蹟の武蔵野』は、寺島裕が昭和十二年に著し、新生堂から発行した武蔵野の史跡探訪記である。狭山丘や山口貯水池の周辺から、行田・粕壁・生田・淀橋・中野・柴又・多摩御陵などの社寺、城址、古戦場、塚を歩いて訪ね、交通の便とともに由緒や伝説を記す。小橋一太と新井堯爾の序文、著者の自序を巻頭に置き、前著「史蹟の武蔵野を探ねて」に続く行楽案内として土地ごとの短い節を連ねる。