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保元から奥州征伐までの山口党の武功

所在地埼玉県所沢市大字山口
年代保元の乱(1156年)〜寿永三年(1184年)
登場仙波家信、山口家継、山口次郎兵衛、山口小次郎、山口氏の祖・一の谷や奥州で戦功、奥州征伐で先陣を務めた、奥州征伐で後陣に従った
出典行楽と史蹟の武蔵野

どんな伝承か

山口氏の遠祖は桓武天皇の曾孫高望王に始まり、平氏を賜って関東へ下った後、村山の地に住んで村山氏の祖となった頼任の系から出る。頼任の子家頼の子家継が、村山の北隣の山口の地に本拠を置いて山口小七郎平家継と名乗り、これが山口氏の祖となった。その一族による山口党は、同祖の村山党とともに武蔵七党に属して活躍した。寿永三年一月、頼朝の木曽義仲追討の際には村山・与野らの同族とともに奮戦し、同年二月の源平一の谷合戦でも、横山・児玉・猪俣・丹・河越・村山の諸党とともに少なからぬ戦功を立てた。文治五年七月の奥州藤原泰衡討伐では、山口家継と山口次郎兵衛が先陣に、山口小次郎が後陣に従って武勲を輝かせたという。

原典より

それから五年後の文治五年(皇紀一八四九年)七月に、賴朝が奥州に藤原泰衡の討伐を行つた時には、山口家繼と山口次郎兵衛は先陣に立ち、山口小次郎は後陣に従つて出陣し、何れも多くの武動を耀かしてゐる。—— 行楽と史蹟の武蔵野(寺島裕・1937年(昭和12年)) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

行楽と史蹟の武蔵野(寺島裕・1937年(昭和12年))

『行楽と史蹟の武蔵野』は、寺島裕が昭和十二年に著し、新生堂から発行した武蔵野の史跡探訪記である。狭山丘や山口貯水池の周辺から、行田・粕壁・生田・淀橋・中野・柴又・多摩御陵などの社寺、城址、古戦場、塚を歩いて訪ね、交通の便とともに由緒や伝説を記す。小橋一太と新井堯爾の序文、著者の自序を巻頭に置き、前著「史蹟の武蔵野を探ねて」に続く行楽案内として土地ごとの短い節を連ねる。

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