押し入って殺された残党の祟り
どんな伝承か
我孫子に伝わる世間話のひとつ。明治のはじめ、船橋から逃れてきた徳川方の残党三人が、空腹に耐えかねて岡発戸の字滝前にある家へ押し入り、その家の主人に殺された。以後この家では悪い事ばかりが続いたので、これは祟りだと供養を勧められ、字陣馬に墓を築いて毎年塔婆を立てるようになったという。『相馬伝説集』が伝えるこの話は、非業の死、祭祀の不足、祟り、そして祀りへという流れをたどっており、御霊信仰を形づくる型が近年まで人々の心に残っていたことを示すと解説されている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
我孫子市史 民俗・文化財篇(我孫子市・我孫子市史)
『我孫子市史 民俗・文化財篇』は、我孫子市が編んだ市史の一冊で、この原典にはそのうち口承文芸の伝説の諸節と世間話の章が収められている。新木の二股竹、将門の井戸、藤姫の入水、七ツ塚、頸天神などの伝説を木・水・塚・祠堂・城跡と屋敷に分けて掲げ、奇人譚や河童・狐・偽汽車などの怪異・霊異譚を世間話として載せる。各話の後に、柳田国男らの説を引きつつ御霊や水神の信仰との関わりを考える解説を付す。