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弘文天皇が自害した御腹川と血の川

所在地千葉県君津市(御腹川)
年代壬申の乱の頃
登場弘文天皇
出典房総の伝説

どんな伝承か

君津市の小櫃に伝わる地名の由来。天武天皇の軍が攻め寄せ、弘文天皇の御所は激しく攻められて持ちこたえられず、天皇をはじめ一同は川で腹を清めてから自害したという。それでこの川は御腹川と呼ばれるようになった。自害のときには水が逆さまに流れたといい、その後もときおり逆流したり、人の血が流れたりすると語られてきた。この川の支流には、とくに血の川と呼ばれる場所もある。弘文天皇にまつわる地名の伝説は、この地方にきわめて多い。

原典より

天武天皇軍が追討して来て、弘文天皇の御所を激しく攻撃したので、力及ばずついに敗退し、弘文天皇をはじめ皆、川で腹を洗い切腹したので、後に御腹川というようになった。—— 房総の伝説(平野馨) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

房総の伝説(平野馨)

『房総の伝説』は、平野馨が安房・上総・下総の旧三国、ほぼ今の千葉県に伝わる伝説を選んで編んだ資料集である。ホトトギスやワラビの由来、片葉の芦や頼朝の箸の杉、弘法の井戸、将門や八幡太郎の話、坂戸神社の人身御供、証誠寺の狸など、動植物・石・池・地名・家・祭りにまつわる伝説を市町村名を添えて記す。はしがきに示す自然伝説・歴史伝説・信仰伝説の三部に分け、解説や論評を加えずに書き連ね、似た話のある土地も併せて挙げる。

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