急に重くなった頼政の首と馬塚
どんな伝承か
鵺退治で知られる源三位頼政は治承の乱で敗死した。家来(源唱・源競の二人とも下河辺藤三郎とも伝える)が首を隠し持ち、主君の馬に乗って東国へ下ったが、出発から二十日目に結縁寺まで来ると首が急に重くなり、ここに葬ったという。都から乗ってきた馬もここで倒れて死んだので塚を築いて桜を植え、これが馬塚と呼ばれる。同じ場所にある入定塚は、佐藤民部の娘が頼政の墓を訪ねてきて入定した跡と伝えられる。市川市大野の本光寺にも頼政様という小さな祠がある。
原典より
宮中でぬえ退治をしたことで名高い源三位頼政は、治承の乱で敗死し、その家来(源唱・源競の両名とも、下河辺藤三郎とも伝える)が頼政の首を隠し携え、主君の馬に乗って東国に下ったが、出発してから二十日目、この結縁寺まで来ると持っ…—— 房総の伝説(平野馨) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
房総の伝説(平野馨)
『房総の伝説』は、平野馨が安房・上総・下総の旧三国、ほぼ今の千葉県に伝わる伝説を選んで編んだ資料集である。ホトトギスやワラビの由来、片葉の芦や頼朝の箸の杉、弘法の井戸、将門や八幡太郎の話、坂戸神社の人身御供、証誠寺の狸など、動植物・石・池・地名・家・祭りにまつわる伝説を市町村名を添えて記す。はしがきに示す自然伝説・歴史伝説・信仰伝説の三部に分け、解説や論評を加えずに書き連ね、似た話のある土地も併せて挙げる。