頼朝軍が越えた三百騎坂と千騎坂
どんな伝承か
房総の各地に伝えられる源頼朝をめぐる伝説の一つに三百騎坂がある。頼朝が石橋山の合戦に敗れたのち房州で再起を図り、安房郡長狭町大山から山道を経て上総へ入り北上した際、この坂を三百騎で通ったことから三百騎坂と呼ばれるようになったという。坂道は君津市の旧清和村植畑と旧君津町小山野の境にある。さらに進んで君津市大井から木更津市矢那へ通じる坂道は、千騎で通ったことから千騎坂と呼ばれるようになったと伝える。
原典より
史実と伝承を混同してはならないが、歴史を追究する場合に、伝承されてきたという事実までは否定できない。—— 房総の年輪 より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
房総の年輪
『房総の年輪』は、房総各地の伝説・昔話・信仰の伝承地を一項ずつ取り上げた短い文章を集めたもので、著者と刊行の事情は原典に記されていない。香取の要石や真間の手古奈堂、松虫姫、源頼朝や義経の伝説地、沈鐘伝説、椀貸伝説、河童や天狗、海の怪異「もうれん」などを、『譚海』『上総国誌稿』や市町村の民話集を引きながら所在地とともに記す。各項は読み切りの小文で、昭和四十五年と四十七年の年頭に書かれた項を含む。