勝浦三町
どんな伝承か
「勝浦三町、ちや、こりや、誰がたてた、此れも植村土佐守」と雑歌に歌われている。植村氏は初め勝浦の三滝から移ったとき古い館に住んでいたといい、岩熊に御園という地があるのは、植村氏がこの地に来た後の旧館で、館を御園と呼んだものが後に村名になったとも言われる。それゆえ岩熊のうちに御館の址を蔵する所がある。植村氏泰忠は徳川家に従って軍功を立て遠江国榛原郡を賜り、天正八年に小田原で軍功を挙げて勝浦三千石を賜り、慶長六年に五千石を加増され、十二年に三千石とされた。当時の俗言に「江戸が見たくば勝浦へ御座れ、勝浦本行寺」といい、この地の繁栄がしのばれる。
原典より
勝浦三町、ちや、こりや、誰がたてた、此れも植村土佐守。—— 日本伝説叢書 上総の巻(藤沢衛彦・日本伝説叢書・明治~昭和初期(推定)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説叢書 上総の巻(藤沢衛彦・日本伝説叢書・明治~昭和初期(推定))
藤沢衛彦編『日本伝説叢書 上総の巻』を全218話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。