蘇我殿の田植
どんな伝承か
昔、五月七日のことであった。蘇我殿は館の前に蘇我赤兄を召し、郡の人民に早乙女を催して田を植えさせ、その様を見ようと仰せられた。田植の様を眺めるうちに日は西に傾いたので、八つ時にも戻して眺めの興を尽くしたいと思し召したところ、午後の日はたちまち九つに戻った。すると間もなく天がにわかにかき曇り、雷電が鳴りはためいて大雨が降り注ぎ、田の早乙女は驚き逃げて死んでしまった。それからそこを死凪といい、今も田の隅にあるという。以来この地方では、五月七日は蘇我の忌日といって田植をしない。異説では四月十六日のこととする。
原典より
昔、年の五月七日の事であつた。—— 日本伝説叢書 上総の巻(藤沢衛彦・日本伝説叢書・明治~昭和初期(推定)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説叢書 上総の巻(藤沢衛彦・日本伝説叢書・明治~昭和初期(推定))
藤沢衛彦編『日本伝説叢書 上総の巻』を全218話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。