荷稲の穂に救われた春日詣
どんな伝承か
杣ノ川では、田植を終えると各戸から必ず一人が出て、村を挙げて春日若宮へ参る習わしがある。起こりは旱魃だという。日照りが続いて稲の種籾まで尽きたとき、村人は春日若宮の祭に供えられた荷稲の穂を分けてもらい、それを植えた。すると思いがけず多くの米が穫れた。その恩に報いるため、毎年六月に若宮へ参詣するようになったと伝わる。
原典より
杣ノ川の人々は毎年田植がすむと、各家から必ず一人ずつ出て、村全体が春日若宮に参拝する。—— 奈良市史 民俗編――伝説(奈良市(編)・奈良市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
奈良市史 民俗編――伝説(奈良市(編)・奈良市史)
『奈良市史 民俗編――伝説』は、自治体史『奈良市史』民俗編のうち、第十一章「伝説」と巻末の「民俗資料」の冒頭を収めたものである。昭和三十七年から三か年にわたり市内各町の自治会長や古老、社寺を訪ねて集めた伝説に文献の伝えを加え、春日大社・東大寺・興福寺などの社寺や、吉備真備・俊寛・中将姫らゆかりの人物にまつわる話を収める。木・石・塚・水・山・森・社寺・人物・動植物・町名の十節に分け、一話ごとに題を立てて記す。