君津
どんな伝承か
日本武尊が相模国から上総へ渡ろうとして走水の海を渡られた時、荒ぶる神が暴風を起こし波を高くして御船を沈めようとした。その時、尊の愛妃弟橘比売は、これこそ神の御心であろう、われ海に入って御命に代わろうと言うが早いか海に飛び入られた。たちまち波は凪ぎ、御船は上総に着くことができた。それから七日の後、弟橘比売命の御櫛がこの岸に寄ったので、それを取って御陵を作り籠められた。尊はここに着いてから后の上をひどく悲しまれ、久しく海原を望んで去りがたくしておられた。それによって君不去と名付け、この地を君津といったものが転じて木更津になったという。
原典より
日本武尊、相模国から、上総に往まむと欲して、走水の海を渡り給ふ時に、荒ぶる神があつて、暴風を起し、波を高くして、御船を沈めんとした。—— 日本伝説叢書 上総の巻(藤沢衛彦・日本伝説叢書・明治~昭和初期(推定)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説叢書 上総の巻(藤沢衛彦・日本伝説叢書・明治~昭和初期(推定))
藤沢衛彦編『日本伝説叢書 上総の巻』を全218話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。