日本武尊が吾嬬恋しと嘆いた恋の森
どんな伝承か
木更津の東方十四五町、海を伏せたような平地の森を、里人は恋の森と呼んで親しんでいる。昔、日本武尊が弟橘姫、后の死を嘆いて歌を詠まれ、久しくその森に立って海原を望み、吾嬬恋しと宣われたのが、吾嬬や恋の森という名の起こりであると言い伝えられている。森の頂きから一望すると、木更津の町は眼下にあり、更級の里は指呼の間にあるという。
原典より
木更津の東方十四五町、海を伏せたがやうな平地の森を、里人は恋の森と呼んで親しんでゐる。—— 日本伝説叢書 上総の巻(藤沢衛彦・日本伝説叢書・1917年(大正6年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説叢書 上総の巻(藤沢衛彦・日本伝説叢書・1917年(大正6年))
『日本伝説叢書 上総の巻』は、藤沢衛彦が大正六年に編んだ上総国の伝説集である。夷隅・長生・山武・市原・君津の五郡にわたり、地名の由来、社寺の縁起、城と武将の事跡、大蛇や狐つきの怪異、俚謡や民間の風俗を、口碑や『総国誌』などの地誌から集める。巻頭に著者の序と緒言を置き、上総国と郡の名義を説いたのち、郡ごとに町村の所在を添えた見出しで一話ずつ並べる。