吾嬬・恋の森
どんな伝承か
木更津の東方十四五町、海を伏せたような平地の森を、里人は恋の森と呼んで親しんでいる。昔、日本武尊が弟橘姫、后の死を嘆いて歌を詠まれ、久しくその森に立って海原を望み、吾嬬恋しと宣われたのが、吾嬬や恋の森という名の起こりであると言い伝えられている。森の頂きから一望すると、木更津の町は眼下にあり、更級の里は指呼の間にあるという。
原典より
木更津の東方十四五町、海を伏せたがやうな平地の森を、里人は恋の森と呼んで親しんでゐる。—— 日本伝説叢書 上総の巻(藤沢衛彦・日本伝説叢書・明治~昭和初期(推定)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説叢書 上総の巻(藤沢衛彦・日本伝説叢書・明治~昭和初期(推定))
藤沢衛彦編『日本伝説叢書 上総の巻』を全218話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。