木更津のお富と切られ与三郎
どんな伝承か
江戸の無頼は船の便のよい木更津へ流れ込み、茶屋の繁盛した町には江戸芸者のお富もいて、羽振りのよい旦那の世話になっていた。七月の八剱神社の祭礼の夜、見物に出たお富は美男を見初めた。それが後の切られ与三郎で、一説に日本橋の綿屋の子、実は江戸から流れて来た三味線弾き伊三郎だという。三月三日の節句の夜、船宿鶴田屋での密会が旦那に知れ、与三郎は全身を斬り刻まれた。お富は江戸へ逃れ、命を取りとめた与三郎ものちに江戸で再会して夫婦になったと伝わる。木更津の光明寺には与三郎の墓があり、蝙蝠安の本名は山口平蔵で撰擇寺に墓があるという。この情話は講談を経て嘉永六年に歌舞伎「与話情浮名横櫛」となった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説叢書 上総の巻(藤沢衛彦・日本伝説叢書・1917年(大正6年))
『日本伝説叢書 上総の巻』は、藤沢衛彦が大正六年に編んだ上総国の伝説集である。夷隅・長生・山武・市原・君津の五郡にわたり、地名の由来、社寺の縁起、城と武将の事跡、大蛇や狐つきの怪異、俚謡や民間の風俗を、口碑や『総国誌』などの地誌から集める。巻頭に著者の序と緒言を置き、上総国と郡の名義を説いたのち、郡ごとに町村の所在を添えた見出しで一話ずつ並べる。