首が重くなって埋めた頼政の墓
どんな伝承か
古河の古城跡の一角に頼政の墓と伝える場所があり、城ができるよりずっと前からあると信じられてきた。利根川の工事で川敷になったが、古い器や碑が出たという。足利氏の時代には単に城の鎮守で、延宝五年に頼政明神の神号を賜ったとされる。伝えでは、頼政の家来の下河辺行吉が主君の首を持って故郷へ逃げ帰り、ここで急に首が重くなったので埋めたといい、この地が下河辺荘であったことからそう考える説が優勢だという。のちに社殿の下から二つの古い碑が掘り出されて評判になったが、墓の年代を確かめる手掛かりにはならないと筆者は述べる。常陸の龍ヶ崎や印旛郡の結縁寺にも頼政の墓や塚が伝わり、結縁寺には頼政を慕って伊勢から来た比丘尼の碑もあるという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説叢書 下総の巻(藤澤衛彦・日本伝説叢書・1919年(大正8年))
『日本伝説叢書 下総の巻』は、藤澤衛彦が編著し、大正七年の緒言と大正八年の序を添えた下総国の伝説集である。平将門・佐倉宗吾・真間の手児奈・累などを中心に、千葉県と茨城県西部にまたがる旧下総の城跡・寺社・墓・橋・井戸などにまつわる伝説を、地誌や古記録の引用を交えて収める。緒言で百七十九編を収めると述べ、国名の由来から始めて、話ごとに所在の町村名を付した見出しを立てて並べる。