蚊の留と呼ぶ家僕七人の塚
どんな伝承か
享保六年七月十日、真野村の豪族矢原又右衛門が、祖先の墓所の掃除が粗略だとして家僕を責めたところ、七人が結束して主家に乱暴を働いた。又右衛門は幕府へ訴え出て、この七人を埋め七人塚とした。斬られる間際、七人の泣き声が蚊の鳴くほどであったことから、今もこの地を蚊の留と呼ぶという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説名彙(柳田国男(指導)・日本放送協会(編)/関敬吾・石原美子(編纂)・1949年(昭和24年))
『日本伝説名彙』は、柳田國男の指導のもとに日本放送協会が昭和二十四年に編んだ伝説の名彙である。全国の伝説を、その拠り所となる木・石・岩・橋・清水・淵・塚・坂・屋敷・地蔵などの地物の名ごとに集め、伝わる県郡村名を付して、郡誌・市町村誌や伝説集、民間伝承誌などの出典を括弧で示す。冒頭に柳田の「傳説のこと」を置き、木・石岩・水・塚・坂峠・祠堂の部に分けて、巻末に資料の解説と種類別索引を付す。