御安が実を封じた紅梅
どんな伝承か
東条雨飾の城主の娘に御安という女がいた。鎌倉へ連れて行かれ、源頼朝の寵愛を受けたが、正室政子の嫉妬を恐れ、庭の梅を見るたびに実を結ぶなと唱えていたという。頼朝が没した後、御安は信濃へ帰り、海津の東南に別荘を構えて、その梅も移し植えた。呪いのためか梅は実を結ばなかった。この梅を接木したものが諸国へ広まり、御安紅梅と呼ばれてもてはやされるようになったと伝える。
原典より
東條雨飾の城主の娘御安が鎌倉へ伴はれ、頼朝の寵愛を受けた。—— 日本伝説名彙(柳田国男(指導)・日本放送協会(編)/関敬吾・石原美子(編纂)・1949年(昭和24年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説名彙(柳田国男(指導)・日本放送協会(編)/関敬吾・石原美子(編纂)・1949年(昭和24年))
『日本伝説名彙』は、柳田國男の指導のもとに日本放送協会が昭和二十四年に編んだ伝説の名彙である。全国の伝説を、その拠り所となる木・石・岩・橋・清水・淵・塚・坂・屋敷・地蔵などの地物の名ごとに集め、伝わる県郡村名を付して、郡誌・市町村誌や伝説集、民間伝承誌などの出典を括弧で示す。冒頭に柳田の「傳説のこと」を置き、木・石岩・水・塚・坂峠・祠堂の部に分けて、巻末に資料の解説と種類別索引を付す。