無量寿院の香花料から出た地名の由来
どんな伝承か
村名の起こりを尋ねると、昔、右大将頼朝が郡中この領に属していたころ、別所村の無量寿院が草創され、この地と隣村の地が香花の料に付けられた。そこから当村を花野木と号し、隣村を常香と唱えはじめたという。香の字はいつのころか改められて光と書くようになったと伝える。ただしこの説のほかに証がないので信じがたい、と『新編武蔵風土記稿』は記している。
原典より
村名の起こりを尋ねるに、古へ右大将頼朝郡中此領に属せる別所村無量寿院草創ありし頃、この地及び隣村の地を香花の料に附せられしより、…—— 北本市史 第6巻(民俗編)――伝説(北本市(編)・北本市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
北本市史 第6巻(民俗編)――伝説(北本市(編)・北本市史)
『北本市史 第6巻(民俗編)――伝説』は、北本市の市史民俗編のうち、第十一章「伝説・世間話・昔話・諺」の冒頭部分である。章の「はじめに」で四者の性格を説いたのち、第一節「伝説」に蒲桜・龍灯杉・一夜堤や多くの塚の伝承、送りオオカミ・河童・禁忌動物、おたきあげ・十日夜の由来など四十二項目を収める。多くの項目は見出しに石戸宿・高尾などの伝承地を添え、話者名や「埼玉県伝説集成」などの出典を▽で示す。(197字)