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九里四里うまいの看板と穴蔵の芋

所在地東京都中野区江古田
年代明治後期
登場熊沢、小西、著者、牛込馬場下の甘藷問屋
出典城西風土記と昔語り

どんな伝承か

当時、東京市内の焼芋屋には「九里四里うまい(栗より旨い)」の看板を掲げた店が多くあった。この焼芋はいわゆる川越芋で、主に埼玉県川越付近や野火止、新倉から産出し、牛込馬場下の甘藷問屋・小西へ荷車で運び込まれていた。著者の家(江古田)は、芋の質を損なわずに貯蔵できる穴蔵と、栽培に適した畑地を持っていたためサツマ芋を多く作っていた。雨や雪で道が悪く川越の荷が届かないときには、小西の問屋から使いが来て、著者の家に貯蔵してあったサツマ芋を特別な値段で仕切ってもらっていたという。

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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

城西風土記と昔語り(熊沢宗一・1959年(昭和34年))

『城西風土記と昔語り』は、東京中野の江古田に住んだ熊沢宗一が昭和三十四年に著し、自ら発行した郷土誌である。中野長者と淀橋の伝説、御犬小屋や桃園の旧跡、新井薬師、江古田の獅子舞、内藤新宿や高田馬場の昔語りなど、中野と近在の伝説・旧跡・寺社を、古文書や碑文、琵琶歌も交えて記す。全二十章の後半には著者の百姓時代や終戦直後の食糧事情、台風の被害、日露戦争の軍隊日誌を収め、巻末に著者略歴を付す。

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