増富ラジウム温泉探勝
どんな伝承か
語り手は、韮崎から北へ六里、幾重にも山が重なる奥にある増富ラジウム温泉を訪ね、その景色を見て歩いた。その帰り道に甲府の武田神社へ立ち寄って参拝し、社でもらった参拝の栞を読んで感じたことを書き留めている。
原典より
韮崎から北へ六里、山また山の奥なる増富ラジウム温泉の勝を探りての帰り途に、甲府の武田神社に参詣して、参拝の栞を読んで感じたままを書いた。—— 城西風土記と昔語り(熊沢宗一・1959年(昭和34年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
城西風土記と昔語り(熊沢宗一・1959年(昭和34年))
『城西風土記と昔語り』は、東京中野の江古田に住んだ熊沢宗一が昭和三十四年に著し、自ら発行した郷土誌である。中野長者と淀橋の伝説、御犬小屋や桃園の旧跡、新井薬師、江古田の獅子舞、内藤新宿や高田馬場の昔語りなど、中野と近在の伝説・旧跡・寺社を、古文書や碑文、琵琶歌も交えて記す。全二十章の後半には著者の百姓時代や終戦直後の食糧事情、台風の被害、日露戦争の軍隊日誌を収め、巻末に著者略歴を付す。