思い出を語り慟哭する中甑島の娘
どんな伝承か
薩摩の中甑島では呼び名こそないが、葬列では死者と最も血の濃い女、母が亡くなればその娘が慟哭して歩かないと他人に笑われる。娘は生前の思い出を語りながら泣き、両側についた友達の肩に手をかけてもたれ、ともに泣くという。著者は、故人の事績を述べるのは死者の霊を価値づける古い誄詞の形だと見ている。
原典より
薩摩の中甑島でも名称はないが、葬列に死者ともつとも深い血縁の女性、母ならその娘が慟哭して行かないと、他人から笑はれる。—— 福井縣鄕土誌 民間傳承篇(中塩清之助(編)・福井縣鄕土誌・1939年(昭和14年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
福井縣鄕土誌 民間傳承篇(中塩清之助(編)・福井縣鄕土誌・1939年(昭和14年))
『福井縣鄕土誌 民間傳承篇』は、福井市立実科高等女学校の郷土誌第二輯として教諭中塩清之助が編み、昭和十四年二月付の学校長金岡正孝の序を巻頭に置く。丹生郡の名、哭女、越前萬歳、仏の舞、幸若舞、猫塚、隠れ里、子育て幽霊、愛発の関、弁慶譚、八百比丘尼、水の神女譚を、古文献や他地方の類例と照らして論じる。生徒が集めた県下の昔話は類話をA・Bなどに分けて並べて解説を付し、校正者大村四朗の跋を添える。