荒血山で生まれた異形の若君
どんな伝承か
浄瑠璃『十二段草子』に見える荒血山の由来は、『義経記』とは大きく改められている。志賀寺の上人が八十三歳で高貴な女性に恋をした話の後日譚になっており、京極の御息所は十七歳、上人がその手を取って自分の胸に三度押し当てただけで身ごもったという。御息所はやはり荒血山の中で産の紐を解き、生まれた若君は顔が六つ、手が十二ある異形の子で、すぐに兜率天へ昇った。のちに越前敦賀に降りて「けいたい菩薩」として現れ、北陸道を守るようになったと語られる。著者は、手を胸に当てて身ごもる部分は近江国手孕村の古い伝えと混ざったものだとしている。
原典より
即、志賀の辛崎明神を志賀寺の上人、年八十三を以て上臈に戀慕したといふ事件の後日譚になつてゐる。—— 福井縣鄕土誌 民間傳承篇(中塩清之助(編)・福井縣鄕土誌・1939年(昭和14年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
福井縣鄕土誌 民間傳承篇(中塩清之助(編)・福井縣鄕土誌・1939年(昭和14年))
『福井縣鄕土誌 民間傳承篇』は、福井市立実科高等女学校の郷土誌第二輯として教諭中塩清之助が編み、昭和十四年二月付の学校長金岡正孝の序を巻頭に置く。丹生郡の名、哭女、越前萬歳、仏の舞、幸若舞、猫塚、隠れ里、子育て幽霊、愛発の関、弁慶譚、八百比丘尼、水の神女譚を、古文献や他地方の類例と照らして論じる。生徒が集めた県下の昔話は類話をA・Bなどに分けて並べて解説を付し、校正者大村四朗の跋を添える。