利仁が狐に託した敦賀への言づけ
どんな伝承か
若い頃の藤原利仁は、大饗のおさがりの芋粥を「いくら食べても飽きない」とすする古参の五位の侍に、飽きるほど食べさせてやろうと約束した。数日後、湯浴みに誘うふりで侍を連れ出し、山科から関山を越えて敦賀へ向かう。途中の三津の浜で狐を捕らえ、今日のうちに敦賀の家へ行き、明日客を連れて下るので高島のあたりへ馬を寄こせと伝えよと命じて放した。翌日本当に迎えの郎等が現れ、昨夜狐が奥方に憑いて伝言したと語った。敦賀の館では大きな山芋が山と積まれて大釜で芋粥が煮られ、侍はもう飽きたと音を上げ、軒からのぞく例の狐にも芋粥がふるまわれたという。
原典より
利仁は之を捕へて「狐は縫化の力があるといふから、敦賀の自分の家に行つて、明日客人をつれて来るから馬で迎へに来いと言へ」とて離してやった。—— 動物妖怪譚(日野巌・日野巌・動物妖怪譚・1926年(大正15年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
動物妖怪譚(日野巌・日野巌・動物妖怪譚・1926年(大正15年))
『動物妖怪譚』は、日野巌が大正六年に筆を起こし、大正十一年の跋と大正十五年の再記を添えて著した伝説の動物の研究書である。鬼・天狗・河童・人魚・雪女・龍・雷獣・狐・狸・獏・鯰・猫など二十六の項目を立て、記紀や万葉集から近世の随筆までの記事を原文の引用ごと示して起源と変遷をたどり、動物学の知識で正体を考える。總論で起原・歴史的変遷・分類などを論じ、結論では迷信から科学へ近づくことを説いて閉じる。