文久銭を結ぶと歯痛が去るつげの木
どんな伝承か
大脇を流れる皆瀬川に梶田橋が架かり、そのたもとに道おしえの地蔵が立つ。近隣の人々は「おつげの地蔵さん」と呼んで親しんできた。名の由来は、そばに生えていたつげの木である。この木は三本あり、歯を病んだ者が枝に文久銭を結びつけて詣でると痛みが去るとされ、快癒の礼参りには籾糠を供えたという。ところが昭和十五年頃、根元のバラに毛虫がついたため、虫送りの火でバラを焼いたところ、つげの木まで弱り、とうとう枯れてしまった。地蔵のお告げを聞き取れる信者におことさんという人がおり、農作業に追われながらも香華を欠かさなかった。その死後も、供養は近所の人々に受け継がれている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
豊明市史 資料編 5 (民俗編)(豊明市史)
『豊明市史 資料編 5 (民俗編)』は、豊明市の市史の資料編のうち、民俗編の第一節「伝説」を抜き出したものである。栄町・沓掛町・大久伝町・新田町などに残る塚・地蔵・観音・清水・古木にまつわる言い伝えを、所在地や大きさ、ご利益とともに記し、旧鎌倉街道沿いの十三塚と狐、二村山の身替わり地蔵、織田信長にちなむ鷺の森などを含む。じゅんてん観音から市場地蔵まで二十一の項目に小見出しを立てる。