留吉を祀った湯船っ原のハラの仏様
どんな伝承か
江戸時代のことという。湯船のある農家の使用人留吉は、濃い朝霧の立ちこめた七月八日、馬を引いて湯船っ原へ朝草を刈りに出た。精を出すうちに馬がいなくなり、探し回っても見つからないので、責めを負って松の木で首をつった。ところが馬は勝手に家へ戻っていたという。村人は留吉の死んだ場所に馬頭観音を祀ってハラの仏様と呼び、この出来事を留吉地獄とも称した。七月八日には当番の家が赤飯の重箱を供え、かつては近郷の人が集まって相撲をとる賑やかな縁日だった。今も湯船っ原の公園わきの道沿いに祀られている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
小山町史 第9巻 (民俗編)(小山町史)
『小山町史 第9巻(民俗編)』は、静岡県駿東郡小山町の町史の民俗編から、口頭伝承の章の伝説の節を抜き出したものである。石子詰にされた忍びの若者・用沢小僧の伝えを出典ごとに並べ、むらの名の由来、金太郎ゆかりの地と石、仇討如来や鬼鹿毛馬頭観音、村境の決め方、竹之下合戦にまつわる伝えなどを収める。富士山麓と足柄山のあいだの町に残る、地名と社寺・石に結びついた言い伝えが中心である。