頼朝が使った足洗井戸と馬乗石
どんな伝承か
菅沼の屋号オオヤという家の屋敷には、源頼朝が使ったという古井戸と踏み石があり、「頼朝の足洗井戸」「頼朝の馬乗石」と呼ばれて大切にされている。二千坪ほどの広い屋敷はかつて岩田館の跡ともいわれ、家の由緒書には、建久四年に富士の巻狩をした頼朝がこの家に一泊し、山林三十町歩を与えたと記されている。井戸は元の母屋の西、倉の下にある三メートルに四メートルほどの楕円形で、深さは四十センチほど、縁は二段の石積みになっている。馬乗石は台形の石で、もとの入口から今の入口の左側へ移されている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
小山町史 第9巻 (民俗編)(小山町史)
『小山町史 第9巻(民俗編)』は、静岡県駿東郡小山町の町史の民俗編から、口頭伝承の章の伝説の節を抜き出したものである。石子詰にされた忍びの若者・用沢小僧の伝えを出典ごとに並べ、むらの名の由来、金太郎ゆかりの地と石、仇討如来や鬼鹿毛馬頭観音、村境の決め方、竹之下合戦にまつわる伝えなどを収める。富士山麓と足柄山のあいだの町に残る、地名と社寺・石に結びついた言い伝えが中心である。