頼朝の落ち延びが生んだ地名の数々
どんな伝承か
白子町内には源頼朝にまつわる地名がいくつも残る。石橋山の戦いに敗れ安房から上総へ逃れた頼朝は、中里上の台で馬が倒れたため駒止の橋と呼ばれる場所を通り、その北方で夜が明けたことから明石原の名がついた。御殿山に居所を置き、北高根八幡社を建立して戦勝祈願をしたのち出立したことから高根村の名が起こったと伝える。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
白子町史
『白子町史』は、千葉県白子町の歴史を記した町史である。一ノ荘、五井、驚村、南白亀、観音堂などの地名の由来、源頼朝の駒止橋や御殿山の伝説、宝暦の新川開鑿、驚獅子の雨乞い、田辺万吾や皆川検校の事績、お塚山の伝承を、由来記や家の文書、村誌を引いて記す。地名と伝説を十三の項に分けて述べ、続く第五節には常福寺のらかんまきや白子神社のなぎなどの天然記念物を図とともに載せる。