御神体が水に映った御鏡田
どんな伝承か
望月に五十坪ほどの小さな田があり、御鏡田と呼ばれている。永禄三年、武田典厩の次男の武田義勝が望月氏の養子として望月城に入る際、甲斐国の御岳神社から御神体を分けてもらって運んできた。その途中、長持に納めた御神体がこの田の水面に映ったことから、御鏡田の名が付いたという。明治維新のころまでは神社の社領とされ、汚れた肥やしを入れてはならないと定められていた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
望月町誌 第2巻 (民俗編)(望月町誌)
『望月町誌 第2巻(民俗編)』の伝説の節を抜き出したものである。旧望月町(いまの佐久市)の集落ごとに、植物・石・清水と池・岩穴と塚・城と屋敷・田と原・地蔵や観音・稲荷・動物・巨人・化け物・禁忌・カッパ・地名の伝えを並べる。望月の駒と生駒姫、梅円坊の化け物退治、彦狭島王の王塚、長者原の長者、ゴマを作らない村々の言い伝えなどが見える。