惣右衛門が沈んだ雨乞の鏡が池
どんな伝承か
今からおよそ四百年前、阿蘇の南郷谷はまれな日照りに襲われた。村人はあらゆる雨乞いを試したが雨は降らず、白川も干上がった。最後の頼みに一同は阿蘇神社にこもって二十一日の断食祈願をした。満願の夜、いちばん若い惣右衛門の前に白衣の老人が立ち、雨が欲しければこの中から南郷の池に人身御供を出せと告げた。くじを引くと当たったのは惣右衛門自身だった。池に着くと、妻は短い縁を嘆き、いつも姿を映していた鏡をそっと夫の袂に入れた。惣右衛門が水に消えると池から白い雲が立って空を覆い、激しい雨が降った。それでこの池を鏡が池、雨乞の池と呼ぶという。
原典より
間もなく一條の白雲が池の面から立つて空一面にひろがり盆をくつがへすやうな大雨がやつて来た。—— 炉辺叢書 筑紫野民譚集(及川儀右衛門・1923年(大正12年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
炉辺叢書 筑紫野民譚集(及川儀右衛門・1923年(大正12年))
『炉辺叢書 筑紫野民譚集』は、及川儀右衛門が筑紫野で暮らした二年ほどの間に、土地の故老や下宿の老婆から聞いた話、教え子が書き送ってきた物語を文献とも照らしてまとめた民譚集である。筑後を中心に筑前・肥前・肥後・豊前・豊後の河童、怪火、長者の話、神事と歌舞、山と水の伝奇、狐狸や幽霊の怪異を六篇に分けて収め、多くの話に古記録を引いた〔註〕を添える。序の日付は大正十二年六月である。