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晴れた空から舞い降りた京のお札

所在地京都府京都市
年代伝承(口承)
登場大隈重信、徳川慶喜、目撃者・談話者、二条城を出て大坂へ移った将軍(時の目印)
出典日本社会経済史の諸問題-維新の御札降り

どんな伝承か

慶応三年、京都にいた大隈重信は、のちにお札降りの不思議を振り返っている。形勢が幕府に不利となり、徳川慶喜が二条城を出て大坂へ逃れたという晩から札が降りはじめ、明治元年まで毎日のように続いた。天照皇大神や春日明神、八幡大菩薩など、さまざまな神の札が晴れた空のどこからともなく風に乗って舞い落ちてきたので、京や大坂の町の人々は大変革の前触れだと熱狂し、家ごとに神棚を設けて拾った札をまつり、「いいじゃないか」とはやしながら往来を踊り歩いた。天皇も天意の現れかと深く恐れ入ったという。誰かの巧みな仕掛けに違いないが、そのからくりは今も分からないと大隈は語った。

原典より

何しろ天照皇大神やら、春日明神やら、八幡大菩薩やら、色々のお札が晴れ渡った中空から、何處からとも無くとラリくと微風に連れて降つて来たのだから、…—— 日本社会経済史の諸問題-維新の御札降り(土屋喬雄) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

日本社会経済史の諸問題-維新の御札降り(土屋喬雄)

『日本社会経済史の諸問題-維新の御札降り』は、土屋喬雄の論集『日本社会経済史の諸問題』のうち、昭和六年に『中央公論』へ発表した論考「維新のお札降り」を収めたものである。慶応三年秋から京都・大阪を中心に起こり、東海道や江戸、淡路、高松にまで広がったお札降りと「えいぢやないか」の騒ぎを、大隈重信らの目撃談、幕臣の手記、流行唄、年表類から描く。騒ぎの背景に開港後の物価騰貴と王政復古への期待を見て勤王派の関与を論じ、末尾に次章の冒頭が続く。

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