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六部を斬った豪族の絶えた屋敷

所在地宮城県多賀城市南宮(上人塚)
年代天和癸亥年(約350年前)
登場豪族、六部、山伏、善海上人、三塚源五郎、碑に刻まれた上人、報告者
出典宮城県史 民俗編

どんな伝承か

南宮の裏日向前へ通じる路傍に、上人塚と呼ばれる古碑が立っている。高さ四尺、幅一尺五、六寸ほどで、正面には不動尊像が刻まれ、右には天和癸亥年善海上人と判読される。昔この地方に勢力をふるう豪族がおり、ある日、部下が他国の間諜に違いないとして一人の六部を捕えてきた。主人は十分に問い糺しもせず、態度が不遜だといって斬り捨て、死骸を広い屋敷の一隅に埋めさせた。その後、豪族の家は黒い雲に覆われたように災害と不幸が続いて一族が死に絶え、土地の持ち主が何代替わっても不慮の災厄で死滅した。今も前の田を上人田と呼び、年寄りは近づかないようにしているという。

原典より

南宮裏日向前に通ずる路傍に「上人塚」と呼ばれる古碑が立っている。—— 宮城県史 民俗編(宮城県史シリーズ・昭和中期(推定1960-1970年代)) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

宮城県史 民俗編(宮城県史シリーズ・昭和中期(推定1960-1970年代))

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