六部を斬った豪族の絶えた屋敷
どんな伝承か
南宮の裏日向前へ通じる路傍に、上人塚と呼ばれる古碑が立っている。高さ四尺、幅一尺五、六寸ほどで、正面には不動尊像が刻まれ、右には天和癸亥年善海上人と判読される。昔この地方に勢力をふるう豪族がおり、ある日、部下が他国の間諜に違いないとして一人の六部を捕えてきた。主人は十分に問い糺しもせず、態度が不遜だといって斬り捨て、死骸を広い屋敷の一隅に埋めさせた。その後、豪族の家は黒い雲に覆われたように災害と不幸が続いて一族が死に絶え、土地の持ち主が何代替わっても不慮の災厄で死滅した。今も前の田を上人田と呼び、年寄りは近づかないようにしているという。
原典より
南宮裏日向前に通ずる路傍に「上人塚」と呼ばれる古碑が立っている。—— 宮城県史 民俗編(茂木徳郎(「妖怪 幽霊」の章)・宮城県史シリーズ) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
宮城県史 民俗編(茂木徳郎(「妖怪 幽霊」の章)・宮城県史シリーズ)
『宮城県史 民俗編』は宮城県の県史の民俗編で、ここに収めるのは茂木徳郎が執筆した章「妖怪 幽霊」である。山・道・木・水・海・雪・家など出現の場所による分類に沿って妖怪変化を論じ、幽霊とヒトダマ・死霊・生霊の観念を考えたうえで、県内の妖怪・幽霊・動物変化の伝承を郡・町村名を添えて集める。序説・本論・事例篇・参考の順に並び、序説では昭和二十四年の迷信調査と昭和三十年のNHK仙台中央放送局の調査にも触れる。